昭和41年07月14日 朝の御理解



 子供が育っていくなら、親も平行して育っていかなければならない。子供だけが育っていって、親が育っていかないところに衝突がある。ね。親がいわば天井である。子供が一つの廊下である。例えばその廊下の方が段々高められていくのに、天井は一つも高められないならば、どうしても一緒になる。ここが歩きにくくなる。天井がやはり廊下を高めるならやはり天井も高められなければならない。
 子供が育つのにやはり親も平行して、育っていかなければならない。後輩が育ってくるのでございますから、先輩はいよいよ育っていかなければいけません。後輩と先輩が意見が合わない、若いやつは分からんとこういう。若いものは年寄りが分からん、どっちが本当やら分からん。はぁ家の年寄りは頑固だと。もう家の若いものは分からん。いくら言うても分からんというのは必ず、その育って行きよらんからです。ね。子供が育っていくならば親も育っていかなければならない。
 廊下を高めるならばやっぱり天井を高めていかなければそこがいよいよ歩きにくくなる。いや、しまいには天井と廊下が一つになって、衝突になる。ね。中々家の婆さんはモダンばばさん、だからもうこの頃家のおばちゃんとあそびんでん行きよんなさる。私はそういう意味じゃないと思うですね。ね、例えばなら、若い者が付けていく教養をです、教養というかそういうものでもその時代時代に応じたものを自分の子に付けていくというそういうものいじゃない。ね。
 信心をしておれば一年一年有難くなってくると仰る。年をとっていけば取って行くほど位がつくのじゃと思うし、年よりだから大事にせよと、ね、一年でも世の中に年をとっておると言う事はお役に立った事なのだから、だから年寄りを大事にせよ。年をとれば一年一年位がつくものじゃと、教祖は仰っておられる。信心をしておれば一年一年、有難くなってくると仰る。果たして年をとっていきよるけれども、本当に年をとっていっただけお役にたってきたかどうか。ね。
 果たして年をとったけれど、一年一年有難くなってきたか。ね。私はあの教祖が仰ったのはそう言う様な事だとおもうです。年を取っておってから却って、世の中に害をなすものもないとは限らんです。もう年寄りばっかりは頑固ばっかり言って、いわば若い者をいじめ抜くというか、若い者の足元ばっかり見るというか。自分は一つも育たんでおいてから、ね、若い者の進んでいくという事に障害になるような事だったら、決してその年寄りは大事にされない。愛されない。
 そしていらんものあつかいをされる。ね。年を取って段々なら隠居の身分になってもです、あの年寄りの意見を一遍聞いてみようと。ね。あの年寄りの言われる事を一遍聞いてみようと。この事に対してどう思うておられるか、こういう場合どうしたらいいだろうかというと、その年寄りのところにいけば必ず道が開ける。よい知恵が借りられる。例えそれは隠居しておっても、例えていうならば世の中に役に立って来ておるという実績があるならです、必ず若い者を立てます。
 世の中の役にたってきておるというならです、ね、やはりその人の意見を尊重致します。それこそその人が隠居致しておりましても、親が隠居といって若いものが地を低くして、こういう風に考えがあっておるのですけれど、こんなふうなとこで行きづまっておるのですけれども、こういうな場合どういう風にしたらいいでしょうと、さぁ私達の時に、こげな問題があったけれども、こういう風で道が開けたと。これは例えば信心を抜きにしてもそうなんです。
 これがまして信心の場合です、一年でもやはり信心をしておればです、一年一年有難くなってくるといわれるその有難うなっていく、その蓄積されておるものがです、もう若い者のしておることには、もうあんまり口を出さんと言う事にしておっても、若い者の方から相談にいくでしょう。その意見を尊重するでしょう。その年寄りを大事にするでしょう。私そういう風な意味合いにおいてですね、大事にされる、年寄りもう内の婆さんばかりもう鬼婆のごたるち。
 根性どんばっかわるなってから、もう内の爺はとにかくもう頑固爺でどんこんされんち。と例えば若い者から言われるようなですね、いわば悪婆になったり、頑固爺になっちゃならんと思うです。ところがです自分で気が付かんのです。年を取るときが短くなる。年をとると頑固になる。けれどもその頑固になり方が違うと。一年一年有難くなっていくと、ね、人間ですから失敗があります。けれどもそういう失敗の時に信心させて頂いておるものは、その失敗を踏み台にしてこういうおかげを頂いてきたと。
 というてそれを、一つ一つおかげにして行く様な生き方こそ一年一年有難くなられるんだと私は。ですから、なら次の後輩達がです失敗は致しません。その失敗をおかげの元にしていっておるといういわば、実績というものが私は尊いと思うのです。自分自身がそれを一つもおかげにしていききらんでおってです若い者に言うことを聞かせようとかですね、後輩のことをとやかくいう資格はないと私は思う。
 本当に自分自身がです、いわば子供と共に若い者と共にです、いうなら廊下を高めるならば、天井も高めていかなければならないのに、天井が高まっていかないところに、そこに問題がここが窮屈になってきたとか、どうも衝突になったとかという時にはです、先ず高められていかなければならないものが、高められていない時なんだと。私はそんな風に思うですね。教祖の神様はそこんところをです、信心をさせて頂いておれば一年一年有難くなってくると仰るが果たして一年一年有難くなっていない。
 ところに問題が起こってくるのです。ね。年をとれば一年でも世の中の、お役にたっているのだから年寄りを大事にせよとおっしゃるが果たして自分が大事にされるだけの、社会に何かを、社会にっていうか、後輩のためにというか自分の信心の振り返られた、歩いてきたその、自分の歩みというものがです、ね、一段一段やはりおかげを受けてきておるという実績がです、ないならばです、決して若い者に大事に、されないと。勿論神様にだって大事にされませんよ。
 一年一年有難くなっていないならば。ね。そして、例えていうならば、一年一年積み重ねていって、有り難うならせて頂いて、ね、本当に世の中のまたはその社会のお役に立って来ておるとするならです、例えその人が隠居しておってもです、あのお爺さんの意見を一遍聞いてみようじゃないかと。そしてその時に、明解なまたはよい方法を教えてもらえるとするならばその年寄りは大事にされないはずはない。
 どうでしょうか皆さん、信心を椛目で15年続けておるけれど、15年前も問題にしておったようなことを今日でも問題にしておる事はないだろうか。ね、段々有難くなって行く人達がですね、その、若い者が若い者が問題にしておる問題をです、ね、それはあんた、いっちょん問題じゃないじゃない。それは問題を問題にしたっちゃつまらん。その問題を、ね、信心にせねば。その問題を信心で頂いていかにゃん。したらあんたそれは問題は無くなってしまうじゃないかと。
 はぁほんいそうでしたと。例えば若い者がです、そういうような合点の出切れるようなです、例えば事が言えれると言う事は自分自身が、それを問題を問題とせずに、問題をその都度都度におかげにしていきよるという体験がなからなければ、それは言えんまた言うたところでそれは通用しません。日頃親先生はなんちいいよりますかち。と言う事をです例えばいうても、日頃親先生が言われることを聞いてから、本当にそれをおかげにしていっておる人でなからなければです、その辺の通用しない。
 子供が子供の育ちを願わんものはありません。ね。また若い人達が例えば道なら道の上においても一生懸命に道の為に働いておられる。それを願う心。それは親が子を思う、ね、例えば私は昨日、桂先生の御霊様のお祭りに、桂先生の師匠である、私共の大先たつであるところの桂先生の師匠に当たられるところの、近藤藤守先生の一緒に私は拝ませて頂いた。本当に道の為に一生を捧げられた方達。
 私達も捧げたいと思う、ね。だからこれからどのような道をあるくか分からんけれども、その先輩先たつの歩かれた道というのがです確かに、良い道であるならば、それを、尊ばないはずがない。ね、行き詰ったら先輩に縋らんはずがない。そういう例えば、只今申しますように後輩の者がが道を求め進んでいきよる事をまた先輩が願われないはずがないと。ね。たとえばお道の信心で長老と言われるかた、また宿老と言われる方達、ね、まぁ最近亡くなられました。
 日田の堀尾先生なんかは、もうその教団の長老としてね、ここの九州のいうなら、山深いところにおられるのだけれども、さぁ教団の何かという時には堀尾先生のところにいってうかがってこいという事になってくる。地方に出ておられなくても、ね。宿老がこういわれたと。そういう宿老なら宿老といわば、敬称されるような方達がです、確かに道の為にそれだけの働きをこう、なさっておられるからね、今日でも、(?)やっぱり非常に頑固なですね、ちょっと遠ざかるようなですね。
 さっぱりしたお爺さんでした。二三年前に大変年を取られてなくなられました。九州の方ですよやっぱ。ね。ところがそのあのお爺さんが横やぶにらみもうそれこそ、年をとったものだから勿体無い話ですけれども、今の鏡太郎先生でも、鏡太郎というてから飛び捨てにしたというのが大変問題になった事がある。それはそうでしょう。自分が御本部でおかげ頂く時分に鏡太郎先生は、こんな子供じゃったもんだから鏡太郎ち呼んだ。ね、本当にまあいうならばですね、お道のボスのようなのある人じゃった。
 ですからもう皆が敬遠したんです。誰もあの人話しやめるちゅうごつなった、ね。それだけの実績を残しないからですよ。年をとっても大事にされていない、これは事実なんです。ただ見れば年をとっておるから、口先ではその先輩の先生だと言うておってもですね、そういう風に毛嫌いされると言う事はその人はやっぱり、内容であり本当に年をとって日々有難うなって行く信心の徳というのを積んでおらんからです。ね、私共が本当にあの、様々な問題に直面する事がある。
 問題を問題とせずに、問題を信心で、解決していくという事にです、また行かなければなりませんけれども、そういう私は有り方でありまた振り返ったら、皆んな私共の場合様々な事があったけれども、その一つ一つを信心でおかげを受けてきたと言う様な、信心こそがです、年をとっても大事にされる、年の取り方であり、ね、また同時に自分もその問題によって育てられていきよるという事になるのです。ね。ところが十年前に言うておったりしておったり、しよる事がです十年後の今日が。
 もし変っていないとするならば、これはいよいよ自分が頑固爺なりよるぞと、ね。人から嫌われる年寄りになっていきよるぞと、一つ悟らせてもらってですね、本気でその問題を有り難いと同時にあげな難しい問題があったけれども、あぁいうこちらがあり方になったら、ああいうおかげを頂いたからねと、言った様なですね、問題をおかげにしていけれる信心。信心をしておれば一年一年有難くなってくると仰る。ね。
 年寄りを大事にせよと。その年寄りが一年でも、若い者よりも世の中のお役に立っておるのだから大事せよと仰るが、反対に役に立っていないとするならば、幾ら年を取っても大事にされないと言う事。ね。問題が例えばややこしくこんがらがって窮屈になっているとするならばです、ね、なんとはなしに廊下と天井が引っ付きよるような感じがする。廊下を下げる訳にはいかんけん天井を高められたらいいのだと。ね。子供に分からせようと。その前に先ず親がまず分からなければならないと言う事。ね。
 もう本当に親と子供がね、一緒に育っていかなければいけません。ね。先輩と後輩がです、お互いに育っていかなければいけません。そこにいつもある意味での感覚というものがあって、これは敬遠ではありません。それだけいわば尊敬されるという意味なんです。そして例えば後輩の人達がです、ね、行き詰っておる時に一言の発言が、はぁほんなこつそうでしたと若いものして本当にやはり、年寄りの意見を尊重しなければいけん、聞かにゃいけんと言われるようなですね、信心内容をお互いが頂いていかなければいけないと思うですね。
   どうぞ。